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[子育て]

今が一番輝いているLINDA世代の履歴書「その花は枯れない8人のμ’sストーリー」越野 矢素子さん

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私たちはまだまだ旅の途中!
自分の可能性を手放さず、新たな挑戦を恐れず、夢を見つけて追い続ける、そんなLINDA世代の女性8人の枯れない生き様に迫ります。

〜36歳でシングルマザーとして再出発〜
エステサロン経営(46歳)
越野 矢素子さん

プロフィール:
43歳のとき関西美魔女コレクションでファイナリストに選ばれたことを機に、モデル活動をスタート。23歳と20歳の息子がいる。


一生自由がないと思ったらたまらない気持ちに・・・・

短大を卒業した年、21歳のときに京都から九州のお寺に嫁ぎました。歴史のある古い大きなお寺さんでした。見知らぬ土地でやっていけるんやろか、という当初の心配もさること
ながら、嫁いでからはひとりで外出させてもらえないことに驚きました。スーパーへ行くときですら、旦那さんやお姑さん、誰かがついて来る。意地悪やなくて、
大事にされすぎるんです。住職の奥さんのことを坊守(ぼうもり)さんと呼ぶんですけど、檀家さんも大勢いるお寺の坊守さんが、ひとりで
外をうろうろしているのは世間体が悪い、というのもあったようです。

子供ができたら・・・と期待しましたが何ひとつ変わらなかった。旦那さんも守ってくれないわけじゃないんです。ただそういう環境で育っているので慣れ過ぎていて、
「しゃあないやん」で終わってしまう。それをあんまり言えば板挟みになってかわいそうやから我慢の毎日・・・・。
旦那さんが嫌いだったわけではなく環境が辛すぎただけなので、私も15年は辛抱しました。でも、ここにおったら一生自由はないんやと思ったら、
たまらなくなりました。下の子が「ママ、京都に帰ろう」としきりに言うんですね。子供がこんなこと言うなんて、私よっぽど辛い顔見せてるんかなと思って、
それで帰る決心をしたんです。


離婚後は働き通しでパート3つを掛け持ちしたことも

離婚して京都の山科に帰ったとき、両親が住む家を手配してくれたんですね。「お家は用意してあげるから、あとはひとりでどうにかしなさい」って。
貯金もなかったんでほんまにありがたかったですね。そこからは働き通しです。お家でYOSAというエステも始めました。エステで食べていけるようになるまでは、
コンビニ、犬の服屋さん、よそのエステと、パートを3つ掛け持ちして家計を支えました。
関西美魔女コレクションのファイナリストに残ったことで、モデルのお仕事もするようになりましたけど、スキルも経験も何もなくても、イメージしていたら
チャンスはくるし、行動すれば形にのまる、それを世の中の女性に伝えていけたらいいなと思っています。

P24_LINDA世代の履歴書

撮影/小根山勇樹(JOPS)、飯野高拓 取材・文/ささきみどり デザイン/高橋奈々絵(meets)