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[子育て, 起業・独立]

今が一番輝いているLINDA世代の履歴書「その花は枯れない8人のμ’sストーリー」石神なほみさん

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私たちはまだまだ旅の途中!
自分の可能性を手放さず、新たな挑戦を恐れず、夢を見つけて追い続ける、そんなLINDA世代の女性8人の枯れない生き様に迫ります。

〜フライトと母親業の両立〜
手作り石鹸マイスター&アクセサリーデザイナー(47歳)
石神なほみさん

プロフィール:
5年前にJALを退職するまで国際線のCAとして第一線で活躍。この世で一番愛する航空機はジャンボジェットことボーイング747。


育児は人手を借りることと合理化で乗り切りました!

CAになりたての頃は「この仕事は5年が限界」と思っていました。立ちっ放しできついし、生活は不規則だし、結婚したら絶対やめるだろうと思っていました。
でも5年どころか21年続けましたね(笑)。33歳のときに出産をして、息子が1歳半のときに国際線に復帰しました。フライト時間などに一切条件をつけずに復帰したので、
私に子供がいることを知らない人も結構いましたよ。

フライトで留守中の育児はシッタ−さんや保育ママさん、4人の手を借りていましたね。もちろん主人の手も。それと合理化。
制服のシャツから体操服から月〜金まで5着ずつ用意して並べて置いておくんです。習い事がある日は服のところに必要なものも用意してある。
そうすると、私がいなくても着る物や持ち物に困ることはないというシステム。主人の服もそうやって用意しておいて、フライトから帰ってきたらまとめてお洗濯。
普通のママと同じだけの準備をしておかないと後ろ指を指される、それは絶対に嫌だったんですね。

息子が幼稚園に行くようになってからは、春休み、夏休み、冬休みをどうするかが問題でしたが、インターナショナルスクールにはスプリングスクール、サマースクールが
あることを知って休みの間だけ通わせることで解決。英語漬けにしたんです(笑)。


やめどきを見つけない限りCAは定年まで空の上の人

子供が小学校5年生になったとき、JALを退職しました。その年頃くらいになると子供ながらに人生が複雑になってくるじゃないですか。
なんとなく元気がなかったり、沈んだ表情を見せたり、そんな姿を見ていたらこれまで家にいなかったぶん、近くにいてあげたい気持ちになったんです。

同時に今が引き際だ、という気持ちもありました。JALは定年までCAとして働くことはできるけど、逆に言えば、自分で引き際を見極めない限り、定年まで空の上なんですね。
仕事をやめたらのんびり過ごそうと思っていたのに、結局今も趣味や習い事で外を飛び回る毎日です。週に1日は家にいえる日を作ろう、なんてかんがえているんだからやっぱり私は
忙しいのが好きなんでしょうね。

P26_LINDA世代の履歴書

撮影/小根山勇樹(JOPS)、飯野高拓 取材・文/ささきみどり デザイン/高橋奈々絵(meets)